脳科学への興味からはじまったこころの探求の旅へ

迷ったり悩んだりしたとき、運命のようなものの中に答えを探したくなることってありますよねー

それは占いだったり、神様だったり、誰かが唱えるスピリチュアルな法則の中だったり。

それはたしかに自分を納得させることができるキッカケになることもしばしばあります。

けど私はどうも、その中に答えを見つけることがたしかにあったとしても、
人が構築したその占いのルールの中で、あなたはこう!と決めつけられることが
なんだか嫌。

心が表情や態度に現れて、例えばその人が眉根をよせる癖があれば、年数と共に刻まれるように、自分の何かが心の内を表すことから推測するに、というならその通りだけど、生まれた日から換算するような占いは私にとっては根拠が無さすぎて、でもなんだか当たってるような気さえしたり。誰にでも該当するようなことで納得させられてたり。

あくまで遊びだとわかっているけど、占い師さんまで行き着くときはわりと本気の解決策を探してたりしますよね。

わたしはスピリチュアルなことを自分に納得させられなかったから、不思議なことを含めた感覚的なことは全て考えたりイメージする脳が錯覚的に作り出しているのだろうと思っていました。

よく計算的なことは左脳で、芸術的なことは右脳で。とか聞きますし、右脳がやっぱりそういったものを作り出す役割があるのだろうなー、と。

あくまで脳の仕様として、そういう仕組みなのだろうなと思ったのですが、なんだかどうやら現実的だと思われた脳科学の方面から見ても、スピリチュアルなところが脳にこそあるのだとか。

(なんだと…?


そのスピリチュアルな脳の部位の感覚は、ある意味神でありすべての愛であり宇宙であり本来の自分自身であると。

(宗教かなにかかな…


脳科学の方面からこころをよみといてみようかと思います

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